スーツの手入れと保管
ウールなどの天然素材には 回復性 があるため、スーツはブラッシング後に太めのハンガーで形を整えて休ませるのが基本で、一度 着用したスーツは1週間ほど休ませるのが理想。
- 木製ハンガー
ハンガーは スーツの肩巾に合った肉厚のものを使用し、吸湿性のある木製のものが理想だが、薄い木製ハンガーよりも肉厚なプラスチック製ハンガーのほうが良く、肩の傾斜がないタイプや肩先が太くないハンガーは型崩れの原因になるため使用は避ける。 - 洋服ブラシ
洋服ブラシは表面のホコリを落とすだけでなく 繊維の中に入り込んだチリやホコリを取り除き、毛玉やテカリの予防など生地を整える効果がある。 - スチーマー
ウールは吸湿・放湿で伸縮(ハイグラルエクスパンション)するため、スチーマーで水分を与えて繊維を一時的に飽和状態にすることでシワが伸び、自然乾燥すると本来の状態に復元する。
エチケットブラシは表面の糸くずやホコリの掃除には効果的だが、繊維の中に入ったホコリを取り除くことができず、生地によっては繊維を痛めてしまう可能性もあるので、スーツをケアする際にはブラシの使用を推奨。
- 肩巾の合った肉厚のハンガーに掛けて形を整える。
- 生地に隠れたホコリを出すような感じで全体をブラッシング。
- ホコリが浮き出てきたら、生地の目に沿って大きなストロークでホコリを払い飛ばす。
- スチーマーを使用する場合はブラッシング後に蒸気を当てる。
- ブラッシングまたはスチームを当てた後、1日程度は風通しの良い場所で陰干しして湿気を飛ばす。
- 1週間ほどクローゼットに保管。
乾燥させずにワードローブへ入れると、カビの発生やパッカリング(生地表面が凸凹になる状態)の原因になる。
スチーマー家庭用のスチームアイロンでも代用でき、スチームでシワが取れない場合は、霧吹きで生地に水分を与え、当布をしてから軽くアイロンをかけると効果的で、アイロンをあてた箇所は 生地の毛羽が寝て アタリ というテカリの原因になるので、アイロンを当てた後は生地の毛羽を起こすようにブラッシングする。
雨の日のケア
ウールには撥水効果があるため、軽く雨に降られた程度であれば表面に付いた水滴を払えば良いが、生地が水分を吸ってしまった場合は、乾いたタオルなどで水分を吸収した後、肉厚のハンガーにかけて形を整え、風通しの良い場所で乾燥させる。
スーツが生乾きの状態だと 雑菌が繁殖して臭気が発生するため、乾燥後も臭いが気になるようであれば 除菌・脱臭効果のあるスチーマー を使用後 ブラッシングで毛羽を整える。
除菌消臭スプレー ファブリーズ は、殺菌効果はあるが、臭気に関しては臭い成分を包み込んでいるだけなので、表面に臭気を含んだ分子が付着した状態になり、クリーニングに出した際 高圧プレスによって分子が破壊されるとスーツが悪臭に包まれることになる。
クリーニング業界では ファブリーズによる悪臭のクレームが増加しており、プレスでファブリーズの分子が破壊されると、クリーニング業者の人曰く「 この世のものとは思えない臭さ 」が発生するようなので、ファブリーズの使用には注意が必要。
夏場のケア
近年は夏場に上衣を着用することが少なくなったが、汗は皮脂や塩分を含んでおり、蓄積すると生地にダメージを与えてしまうため、 濡れタオルなどで衣類に染み込んだ汚れを吸い取るように処理した後、ハンガーで形を整えて乾燥させてからブラッシングを行う。
ドライクリーニングでは皮脂や汗に含まれる塩分など水溶性の汚れは落ちず、汗を吸収した状態でドライクリーニングに出すと生地を傷めることになる。
クリーニングの頻度
スーツのクリーニングは勘違いが多く、着用状態にもよるが、酷い汚れがなければドライクリーニングは多くても1ヶ月に1回ほど、週に1~2回しか袖を通さないスーツであれば、シーズンオフに1回クリーニングに出す程度で良く、上下でクリーニングの頻度が異なると微妙に色が変わるため、必ず上下セットでクリーニングする。
夏場は汗をかくため 多くの人が1~2週間に1回程度の割合でドライクリーニンに出しているが、汗を吸った状態でドライクリーニングに出すと、繊維に汗や皮脂の汚れが残るため、黄ばみ・色あせ・異臭 の原因 になる。
クリーニングが仕上がったスーツは防汚用のビニール袋を外し、肩巾にあった肉厚のあるハンガーに掛け直して保管する。
スーツをクリーニングのビニール袋に入れたままワードローブに保管すると通気性が失われ、カビが発生する原因になるので、ホコリなどを防ぎたい場合はテーラーバックのような 通気性のある衣類ケース を使用する。
クリーニングの種類
汚れに種類 には 水性と油性 があり、水性の汚れであれば水や温水を使用しないと落ちにくく、油性の汚れは有機溶剤を使用しないと落とせないため、クリーニングには 水や温水を使用して汗など水性の汚れを落とすランドリー と、有機溶剤を使用して油性の汚れを落とす ドライクリーニング に大別され、その他に ウェットクリーニング や 特殊クリーニング がある。
一般的な家庭用の洗濯用洗剤は 界面活性剤 の性質を化学合成して洗浄力を強化した合成洗剤で、油性の汚れにも効果はあるものの、有機溶剤を使用したドライクリーニングと比較すると洗浄力は劣る。
石鹸の主原料である 界面活性剤 は 水と馴染み易い部分と馴染みにくい部分があり、水に馴染みにくい部分が汚れに吸着し、表面張力の低下によって水中に汚れが浮かび上がろうとする性質を利用して洗浄が行われる。
- ドライクリーニング
有機溶剤 を使用したクリーニングで、洗濯表示では P や F で表記されており、 P は パークロロエチレン・石油系溶剤 を使用、F は 石油系溶剤 を使用したドライクリーニング。
パークロロエチレン(パーク系)は、溶媒として利用されているテトラクロロエチレンを使用した塩素系 に分類される処理で、洗浄力は強力だが溶剤に毒性があって取り扱いが難しいため、パークロロエチレンを取り扱うクリーニング業者は全体の3割程度しかない。
石油系溶剤はアルカン・シクロアルカン(ナフテン)を主成分とした工業ガソリンのクリー二ングソルベント (ターペン)を使用した処理で、パーク系と比較すると洗浄力は劣るが、デリケートな衣類にも使用できるため、P マークでも石油系溶剤で処理を行っている。 - ウェットクリーニング
洗濯表示にW マークで表しているクリーニングで、家庭での水洗いではなく、専門技術が必要な水洗い処理を行うクリーニングで、ドライクリーニングマーク(P/F)が付いている商品でも、W が表示されていればウェットクリーニングで水洗いが可能。 - ランドリー
一般家庭の洗濯と似たクリーニングで、温水を使用することで水では落ちにくい汚れを落とすことができる。 - 特殊クリーニング
水洗いやドライクリーニングで洗えない 毛皮や皮革などの特殊素材のクリーニング。
ウェットクリーニングは ドライクリーニングでは落としにくい 水性 の汚れを落とすことができるため、夏場のスラックスなど汗で汚れたものに適しており、近年は 汗抜き や ダブルクリーニング として訴求している業者もあるが、ドライクリーニングやランドリーのような基準がないため、業者によって処理方法や技術が違っているなどの問題がある。
スーツのトラブル
着用しているスーツに多いトラブルは、テカリ・ピリング・パッカリング で、雨でズブ濡れになるなどして表地が大きく伸縮した際には バブリング が発生することもある。
- テカリ
着用時の摩擦などによって生地表面が鏡面化する現象で、ブラッシングで症状を緩和できる。
プレスによって生地が鏡面化する現象は「アタリ」という。 - ピリング(毛玉)
着用中の摩擦などにより生地表面で毛羽だった繊維の先端が絡み合うことで発生するため、ブラッシングで毛羽の絡みを解消することで予防でき、毛玉ができた場合は引っ張らずに 毛玉取り器 や 毛玉取りブラシ、ハサミなどを使用してカットする。 - パッカリング(ピリ)
生地と縫い糸の伸縮率が異なるため、縫い目周辺に細かい波状のシワが出る現象で、雨に濡れるなどして生地が大きく動いた時に発生しやすく、プレス(アイロン)で消すことができる。 - バブリング
表地と裏地の間の芯地に「接着芯」を使用している場合に、表地と接着芯との伸縮差が許容範囲を超えると剥離して部分的に表地が浮き上がる現象で、雨でずぶ濡れになるなど表地が大きく動いたときや、接着剤に使用されている樹脂の経年劣化により、早ければ2~3年で剥離する。
クリーニングのプレスで一時的に誤魔化すことは可能だが、剥離した接着芯を再接着することはできないため、着用していると再発する。
ウールは短繊維で強度も強くないため、スーツで使用される梳毛糸で織られた生地の場合は、毛玉ができても抜け落ちるが、ポリエステルなどの化学繊維は長繊維で強度があり、毛羽の先端が絡み合って毛玉が発生しても表面にとどまってしまうため、織りの甘いポリエステル製品は少し擦れると毛玉が大量には発生する。
また、スーツで使用されることが多いウールとポリエステルの混紡素材は、ウールの毛羽がポリエステルに絡むため、生地表面に留まる傾向にある。