カウナケス
牧羊は紀元前 6000年頃から中央アジアで始まったとされ、紀元前 4000年頃のメソポタミア文明では羊毛で作られた毛織物が貿易の商品として扱われている。
人類が衣類として使用してきた素材で最も古いのは、現在でも広く利用されている リネン(亜麻布)で、約3万年前のものが グルジアの洞窟で発見 されている。
初期メソポタミヤ文明を築いたバビロニアのシュメール人が着用している腰布は、羊毛を束ねて房のようにした毛織物で「 カウナケス 」と呼ばれている。
ウールの構造
羊毛の成分は「ケラチン」というタンパク質で、表皮部分(スケール)と皮質部分(コルテックス)から構成されており、コルテックスを構成する細胞は二層構造で、アルカリや酸、温度などに異なる反応を示す性質があり、成長速度も異なっているため、クリンプという組織が螺旋状に縮れた状態になる。
うろこ状の スケール は薄い膜(キューティクル)に包まれているため「撥水性」「防汚性」、コルテックスは湿度60%を超えると放湿、下回ると吸湿するという「調湿性」、クリンプ には「伸縮性」「保温性」「断熱性」がある。
- 吸湿・放湿する調湿性と断熱性、保温性が高いため、夏は涼しく冬は暖かい
- 伸縮性と弾力性があるためシワが元に戻りやすい
- 繊維の表面に薄い膜(キューティクル)があるため汚れにくく、撥水性がある
- タンパク質でできているので燃えにくい
ウールは水分と窒素を多く含む難燃性の素材で、空気中の酸素濃度 20%に対し、ウールが燃焼を続けるには 25%の酸素濃度が必要なため、ウール単体では着火しても燃え続けることができないため、断熱材や消防服などにも使用されている。
毛糸ができるまで
羊は皮脂からラノリン(蝋)を分泌して毛や表皮を保護しているため、刈り取られた羊毛にはラノリンのほか不純物が混じっているため洗浄が必要になる。
- 選別(選毛)
羊から刈られた毛は繊維の太さや長さが様々で、不純物も混入しているため、熟練した人の手で選別が行われる。 - スカーリング(洗毛)
選別された羊毛を 石鹸ソーダで洗浄して脂や土砂を取り除く。 - カーディング
洗い上がった羊毛は、絡まないように油をかけながら表面に針を植えた大小のローラーに通して繊維1本1本ほぐして薄い毛の膜を作り、それを束ねてロープ状(スライバー)にする。 - コーミング
スライバーを 6~10本組み合わせ、インターという針の植えられた櫛でけずり、引き延ばしながら細くし 均一な太さに整えた後、コーマという細くたくさんの櫛のついた機械にかけ、短い繊維や不純物を取り除き、繊維がきれいに揃った ウールトップ にする。 - 前紡・精紡
ウールトップを箸ほどの太さに引き伸ばし(前紡)、精紡機にかけて糸を紡いで 単糸 が完成する。
女性は羊毛を区別する能力が高いらしい。
染色
生地の染色には トップ染め・糸染め・反染め の3種類があり、トップ染め・糸染めを 先染め 、反染めを 後染め という。
- トップ染め(先染め)
ウールトップの状態で染色する。 - 糸染め(先染め)
糸の状態で染色するため 糸は単色になる。 - 反染め(後染め)
反物の状態で染色するため反物は無地になり、ウールとポリエステルでは染料が異なるため混紡素材は 2回染色が必要。
「霜降り」と呼ばれるグレーの生地は 黒と白のトップ染めされた繊維を合わせることで、濃淡のある微妙な色合いを出すことができる。
糸の種類
糸 は繊維を撚り(より)合わせたもので、スパン糸 と フィラメント糸 があり、繊維に撚りをかけるとこで 均一性・収縮性・柔軟性・光沢などの効果が得られ
- スパン糸
短繊維(ステーブル)を集めた「わた」に撚りをかけて長くした糸で、天然繊維の 綿・麻・羊毛 からできる。 - フィラメント糸
長繊維(フィラメント)を数十本撚り合わせて1本の糸にしたもので、ナイロンやレーヨンなどの合成繊維のほか、天然繊維ではシルクからできる。
紡績するときに2種類以上の繊維を混ぜ合わせて紡績した糸が混紡糸で、紡績するときに 1種類の繊維で糸を作り、その後 他種類の糸と撚り合わせて作った糸を 交撚糸 ( こうねんし ) という。
- 梳毛糸 ( そもうし ) – ウーステッドヤーン
羊などの原毛から長い繊維を取り出し、撚りをかけて単糸を作り、その単糸を撚り合わせて双糸にしたもの。
長めの原毛を梳く(すく) ことから 梳毛 といい、細く糸の太さが均一で固く締まった毛羽の少ない糸で、一般的なスーツ地で使用される糸。 - 紡毛糸 ( ぼうもうし ) – ウーレンヤーン
梳毛にかかりにくい短い繊維や毛糸屑などを一度繊維の状態に戻し、原料を混ぜ合わせ、撚りをかけて単糸にしたもの。 短い繊維を紡いでいく ことから 紡毛 といい、梳毛糸に比べて太く表面の毛羽が多いのが特徴で、ツイードやフラノなどで使用されている糸。
撚り
繊維を撚って 1本の糸にした状態が 単糸、 単糸を 2本 撚り合わせたものが 双糸で、糸に撚りをかける場合 単糸は通常 左撚り ( Z撚り ) 、双糸は右撚り ( S撚り ) になり、Z撚りは S撚りに比べて撚りがきつくなる。
スパン糸の場合 通常 1インチ(2.54cm)間に 18~21 回ほど撚ってあり、撚りが18 回以下のものは糸に柔らかさが出る 甘撚り、撚り回数を多くしてシャリ感やコシをもたせたものが 強撚糸 ( きようねんし ) になる。
糸の単位と Super 100s
糸の単位 は 重さあたりの長さ として算出するものと、長さあたりの重さから算出する方法がある。
- 毛番手(メートル番手)
主に梳毛糸に対して使用される単位。
1000g(1kg)あたりの長さが1000m(1km)のものが 1番手
1000g(1kg)あたりの長さが50,000m(50km)のものが 50番手 - デニール
絹糸(フィラメント糸)の太さを表す単位。
9000m(9km)あたりの糸の重さが 1g のものが 1 デニール
9000m(9km)あたりの糸の重さが 10g のものが 10 デニール - Super100’s
糸を構成している繊維の太さが 18~18.9ミクロンのものが Super100’s
糸を構成している繊維の太さが 15~15.5ミクロンのものが Super 150′
80番手 は 糸の太さが 17.7 ~ 19.1ミクロンなので、Super100’s は 80番手の糸とほぼ同じ。
天然繊維で最も細い シルクは 11ミクロンで、ウールでは 17~21ミクロン 以下の細番手のもが「ファインウール」と呼ばれている。
ハイグラルエクスパンションと縮絨
ウールのコルテックス(皮質部分)には調湿性があり、コルテックスの二層構造により構成されるクリンプには伸縮性があるため、ウール素材の生地は湿度に応じて伸縮し、この吸湿して伸び脱湿して縮む現象を ハイグラルエクスパンション といい、スーツなどの毛織物はハイグラルエクスパンションがあるため、JIS 規格でサイズに許容範囲誤差が認められている。
IWS法という試験法で測定された緩和収縮率は、トロピカルやサキソニーで4~6%、ギャバジンで6~8%になっている。
緩和収縮率が3%を超えると、スーツの場合は袖丈や着丈で1cm 以上の誤差が生じる可能性があるため、多くのスーツ地は織物の長さや幅を縮小して織り目を詰める 縮絨 ( スポンジング ) という加工をして緩和収縮率を下げている。
縮絨されていない生地では、湯気をあてシワを伸ばしたり巾を整える「湯のし」をいう作業で行うことで、シワになりにくく、緩和収縮率を低減することができる。
三原組織 ( さんげんそしき )
織物の基礎となる3種類の織
- 平織
経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交互に浮き沈みさせて織る、最も単純な織。 丈夫で摩擦に強く、織り方も簡単なため、広く応用されている。 - 綾織
三本以上の経糸・緯糸から構成される織。斜文織(しやもんおり)とも呼ばれる。綾線と呼ばれる線を斜めに表すのが特徴。 地合は密で柔らかく、伸縮性に優れ、皺がよりにくい。 - 朱子織
五本以上の経糸・緯糸から構成される織。経・緯どちらかの糸の浮きが非常に少なく、経糸または緯糸のみが表に表れているように見える。 密度が高く地は厚いが、綾織よりも柔軟性に長け 光沢が強い。
生地の種類と素材
生地の素材には「動物繊維」「植物繊維」「再生繊維」「合成繊維」「新合繊」などがあり、一般的に植物繊維・動物繊維など化学的な加工を施されていないものを総称して「 天然繊維 」、化学的な加工を施されている合成繊維・新合繊などを総称して「 化学繊維 」という。
- 動物繊維
主に羊や山羊など動物の毛を使用した天然繊維で、化学繊維では再現が難しい温度や湿度調整など 衣類に相応しい機能が最大の魅力になっている。
ウール(羊)・モヘア(アンゴラ山羊)・カシミア(カシミア山羊)・アルパカ・ビキューナ(ビクーニャ)など - 植物繊維
木綿や麻などの植物からとれる天然繊維。
木綿(コットン)・苧麻(ラミー)・亜麻(リネン)など - 再生繊維
主に「天然繊維」を含んだ物質を溶かし、繊維に作り替えたものの総称で、ペットボトルを再生してつくった繊維も再生繊維と呼ばれている。
レーヨン・キュプラ・リヨセル(テンセル)・アセテート・トリアセテート などは、パルプやコットンリンター(種子のまわりの産毛)のセルロース(細胞壁)を使用している。 - 合成繊維
合繊とも呼ばれる、主に石油を原料とした化学繊維。
ナイロン・ポリエステル・アクリルなど - 新合繊
1987年に東洋紡が開発した自発伸長糸と高収縮糸を組み合わせた異収縮混繊糸「ジーナ」のヒットを皮切りに開発が進み、第4世代の合成繊維とも呼ばれている素材。
ピーチスキン加工(薄起毛調)・レーヨン加工・ウール加工(梳毛調)などの種類がある。
ビクーニャはワシントン条約で保護されているアルパカと同じラクダ科の希少動物で、南アンデス山脈の高地に棲息しており、その体毛は12 ~13ミクロンと天然繊維の中では最も細く、1頭から採取できる原毛がわずか250g程度のため「神の繊維」と呼ばれる希少価値のある素材で、繊維・織物を指す場合はビクーニャではなく「ビキューナ」と呼ばれる。
ポリエステルは英国のキャリコ・プリンターズ・アソシエーションが開発し、第二次世界大戦後に英国のインペリアル・ケミカル・インダストリーズ(ICI)社と米国のデュポン社が工業化してICI社が「テレリン」、デュポン社が「ダクロン」という商品名で工業化し、国内では東レと帝人の共同商標で「テトロン」の商品名が使用されている。
オーダースーツに品質表示がない理由
市販されている衣料品などの「家庭用品」は、家庭用品品質表示法 に基づいた「 品質表示 」が義務付けられており、「家庭用品」は下記のように定義されている。
- 一般消費者がその購入に際し品質を識別することが著しく困難であり、かつ、その品質を識別することが特に必要であると認められるものであって政令で定めるもの
- 繊維製品の原料又は材料たる繊維製品のうち、需要者がその購入に際し品質を識別することが著しく困難であり、かつ、同号の政令で定める繊維製品の品質に関する表示の適正化を図るにはその品質を識別することが特に必要であると認められるもの
既製品を購入する場合、商品を触っただけでは使用している素材を識別することはできないため品質表示は必要だが、オーダースーツは仕立てる際に生地や裏地を自ら選んでおり、その際に生地の品質を把握できるため、家庭用品品質表示法の対象とはならない。
既製スーツで使用される「羊毛」「モヘア」「カシミア」「アンゴラ」などの動物繊維は 「繊維の名称」と「毛」という表記が許されている ため、品質表示に「毛」と表記されている場合は「獣毛全般」を意味している。